2004年09月28日

「アマチュア革命」

CNetの梅田望夫のblogアマチュア革命がもたらす世界を読んで違和感を感じたので、ちょっと書いてみる。

これは元にしているコラムがあって、それを読まないとちゃんと理解できないのだが、そのコラムにも変なところがある。天文学を引き合いに出して、「天文学の基礎を築いたのはアマチュアだった」というのだが、アマチュアとプロフェッショナルの区別が出来たのは比較的最近のはずだ。コペルニクスやガリレイの頃には、まず「科学者」というのはいなかった。今日で言う「科学」を研究しているのは、金持ちが趣味で調べてるか、パトロンのために調べているのかどちらかだった。前者の代表はコペルニクスで、後者の代表はガリレイだろう。従って、コペルニクスは今日的な意味で「アマチュア」と言えるかもしれないが、ガリレイの場合は微妙だ。研究のための金はパトロンが出しているし、それでパトロンの歓心を買うために発見した星に「メディチ星」という名をつけたりしている。「パトロン」を「国・大学・企業」、「歓心」を「研究成果」と置き換えると、この状況は現在の研究者とあまり変わらない。昔から、金が無ければ研究は出来ないし、才能が無ければ成果があげられないのは一緒だ。

では、なぜ「プロフェッショナル」が出現したか、というと、リソースの問題だと思う。
つまり、科学の発達によって、研究をするために必要な設備・人に金がかかりすぎるようになってしまっている、ということだ。
そのため、国や企業みたいに、多額の資金を集められるような組織でないとリソースを集めることが難しくなってしまった。
そして、国や企業は、出資に見合った成果を求めるため、「成果をあげられそうな人物」、つまり「プロフェッショナル」にしか資金を提供しなくなっているのだ。これが進み、現在では研究目的と成果をきちんと発表し、プロ同士で成果を競い合うことが求められている。その意味ではプロに厳しい時代と言えるが、その競争相手がアマチュアであるケースはあまり多くない。

この辺に、このコラムの著者(Charles Leadbeater)、そして梅田氏に見えていないところがある。
アマチュア天文家が新しい星を発見する、ということは昔からあまり珍しくない。天文学では、元々アマチュアの活躍できる余地が結構大きいのだ。
だが、いくらドブソニアン式望遠鏡が高性能だと言っても、ハッブル宇宙望遠鏡があげた成果をあげることはまず無理だろう。そこにプロとアマチュアの壁がある。壁が低い分野もあれば、高い分野もある。例えば、PCのソフトならアマチュアがいいものを作ることも多いが、脳外科でアマチュアが成果をあげるのは絶望的だろう。

この辺で結論に行こう。数十万のアマチュアが力を合わせて成果をあげることもあるし、数千億円かけた設備をプロが使って成果をあげることもある。それはどちらも重要であって、どちらがどちらを駆逐する、という話ではない。大切なのはプロとアマが連携することだと思う。プロがあるテーマについてアマチュアの協力を募集し、共同作業によって成果をあげる、ということができるようになった。まだ数は多くないが、SETI@homeなど動き出したプロジェクトもある。このように、プロとアマの連携によって成果をあげることができれば、それは人類にとって大きな進歩だろう。だが、それが「アマチュア革命」と呼ぶべきものかどうか、というとそれは疑問だ。
posted by 日陰猫Joga at 22:08| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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